玉川上水

玉川上水

玉川上水

玉川上水とは、江戸時代に多摩川の水を飲料水として江戸市中に供給する目的で開削された上水路です。

羽村の取水口から四ツ谷大木戸(新宿区)に至るその開削は、幕府の命によって、玉川庄右衛門・清右衛門兄弟が請負い、承応3年(1654)に完成しました。

昭和40年までは江戸・東京の主要な上水として機能してきました。現在でも一部区間は東京都水道局の水道施設として利用されています。

玉川上水は水の乏しい武蔵野台地の村々にも多くの分水を通じて供給され、新田開発や人々の農耕生活に重要な役割を果たしてきました。

江戸時代は玉川上水の水を使用するには幕府の許可が必要で、冥加金の上納やさまざまな規制があり、無断で使えば罰せられました。

明治時代になると、物資を運ぶ手段として船が通っていました。羽村ー内藤新宿間を100艘もの船が行き交い、荷物や旅客を運んでいました。しかし、上水が汚れるといった理由で、わずか2年で通船は廃止されてしまいました。

昭島市域では、拝島駅北口から松中橋までを流れること約3キロメートルの区間があります。上水両岸は武蔵野の自然を色濃く残し、緑道(遊歩道)も整備されています。秋には水鳥が飛来することもあります。

玉川上水の案内板

玉川上水の案内板

上水公園

上水公園(昭島市拝島町)は玉川上水沿いに自然の雑木林を生かして散策しやすいように園路を木道として整備した公園です。

上水公園内にはクヌギやコナラ、ヤマザクラなどの樹木が生い茂り、ウグイスやコジュケイ、メジロなど、さまざまな野鳥が見られます。

上水公園

上水公園

上水公園

上水公園

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